Japanese Computer Hardware

2017/08/04|Categories: Computer|

海外で日本語環境でコンピュータを使用する場合、日本から買い求めていった方が良いか。 この質問は良く受けるのですが、日本語入力でローマ字入力に問題が無いのであれば、敢えて日本からコンピュータを持ち込む必要は無いというのが私の結論です。1970年代後半、1980年代初め日本国内パソコン黎明期には、日本語入力というのが鬼門でした。私も最初は日本語と言えばカナ入力しか出来なかった時を思い起こします。 世界的には1981年のIBM PC登場後、ほぼ数年でIBM PC互換機がパーソナルコンピュータ市場のデファクトスタンダードとなりました。しかしながら日本国内では日本語表示の性能確保のためにIBM PCのシリーズは発売されず、日本IBMを含め各社から独自の日本語表示用のハードウェアを搭載したパーソナルコンピュータが発売されました。このため、同じインテルのx86系のCPUとMS-DOSを採用しながらもIBM PC互換機と相互に互換性が無い時代が続きました。NECのPC-9800シリーズがほぼ寡占状態で、他は富士通のFMRシリーズ、日本IBMのマルチステーション5550シリーズおよびJX、東芝のJ-3100シリーズおよびダイナブック、三洋電機やシャープ・日立製作所・三菱電機などのAX陣営などに分かれ、群雄割拠の状態で、日本国内の機種間でもほとんど互換性は有りませんでした。その背景には日本ではハードウェアメーカーが強く独自の系列と販売網を築いていたこと、ユーザーも「メーカー保証」を求めたことが有ったと言えます。 NEC 9800等は、コンピュータ内に「漢字」Rom を搭載してこれを独自に読み出すという方法で日本語出力をしていた時代です。 そして、1990年に日本アイ・ビー・エムが画期的なDOS/V(ドスブイ)を発表します。PC/AT互換機上で稼働し、専用のハードウェアを必要とせずに、ソフトウェアだけで日本語表示を可能にしました。1991年にはマイクロソフトの日本法人なども発表し、日本でPC/AT互換機が一般に普及する切っ掛けとなりました。最初の製品の正式名称は「IBM DOS J4.0/V」となります。私は当時この「IBM DOS J4.0/V」をわくわくしながら日本で買い求めた記憶が有ります。最大画面解像度は640x480ピクセルで、VGA と言われる画面でした。 ただし当時はPC/AT互換機自体が日本国内にほとんど無く、システムディスクの5.25インチフロッピーディスクへの変換や日本語キーボードの問題に加え、メモリマネージャとして別途QEMM386等が必要、BIOSやビデオカードの相性の問題も発生するなどマニア(人柱とも呼ばれました)の世界でした。翻ってみれば、豪州国内には PC/AT 機しか無かった時代なので、ISA とい言われるパソコン内のスロットに差して画像出力する VGA カードを高額で買い求めた思い出があります。DOS/V + Windows 3.0 時代の幕開けです。その後 True Type フォントを搭載した Windows 3.1 が発売され、これを LaserJet プリンターで出力させ自己満足していた時代です。 しかしながら、英語環境と、日本語環境を切り替えながら使うという不便さは、その後 Windows 98 そして Windows ME の時代まで続きます。 そして更に画期的な Windows XP が遂に2001年に発売されます。Windows XP の発売で英語(米語)ベースの XP を買い求めれば日本語言語を2階に組み込むことが出来、英語、日本語をシステムを切り替えること無く使える時代がやっと来たという事になります。 その後 OS は Vista, Windows 7, [...]